20

暗がりの色はくれない

 目の前が真っ白で明るかった。

 白いなぁ。

 と思った次の瞬間、ここが自分の部屋じゃないと気付いて、びくっと身がすくんだ。

「大丈夫か?」

 自分以外の声がする。そっちに目玉を動かした。

 見慣れた長髪のドレッド。サングラスはなぜかかけていなかった。

「…………、」

 ボス、と、言いたかったのだが、喉が渇いて声にならなかった。ボスが、ベッド脇のテーブルの上から、吸いのみを差し出してきた。吸い口を銜える。水が、カラカラだった粘膜に染み渡る。そのまま飲み込むのはちょっと気持ち悪かったので、口の中の水を吐きたい、と首から上のジェスチャーで示すと、洗面器を顔の横に添えてくれる。何度か口をゆすいでから、水を飲んだ。

 生きてる。

 ごくごく喉を鳴らして、吸いのみ二杯ぶんの水を飲み干した。体の末端まで、水がじわじわ染みて、潤ってゆくのがわかる。自分が生きていることが、全身に伝わっていく。

「ボス、ここ、どこ?」

「病院。お前、体動かすなよ。あっちこっち骨折れてんだ」

 と、俺に注意してから、ボスはパイプ椅子に腰掛けた。派手に軋む。

「うちの階段の音みたい」

「お前以外が通るときのな」

「うん」

 ボスは、じっと、俺を見た。その背後の、カーテンが半端に開いた大きな窓から、明るい光が差し込んでいて、ボスの顔はうすく影になってしまっている。

「心配した」ボスの声はいつも通り静かだった。

「すみませんでした……」俺は、まだぼんやりしたまま、そう言った。

「深果に、礼を言えよ。あいつ、お前の言いつけ破って、三十分で俺を呼びに来たんだ。おかげで何とか、助かった」

 深果。そうだ。俺、鬼畜に殺されかけたんだった。深果が、助けを呼んでくれたのか。

「み……深果、は、」

「大丈夫。そっちの件は、もう片が付いた。心配いらねぇよ」

「……よかった…………」

「ったく、お前、しっかりしてるようで、なァんか抜けてる所があると思ってたけど、予想以上に阿呆でびっくりしたぜ」

「すみません……」

 左頬の、傷のない場所をゆるく撫でられた。

「店、閉めることにした」ボスは言った。何でも軽い冗談みたいにしてしまう、いつもの口調だった。

 どうして、とか、やめないで、とかは、とても言えなかった。当たり前だ。俺にそんなこと、言う資格なんかない。

 俺を触っていた手が、するりと離れた。ボスは、ナースコールで俺が起きたことを告げた。

「ごめんなさい……」

 俺は言った。ボスの顔が、見られなかった。額の上にボスのてのひらが戻ってくる。

「もう、黙ってろ。謝ったりすんな。……今まで、ありがとうな、紅」

 医者が来るまでの短い間、ボスは、俺の頭を撫でてくれた。

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