ビール、七夕、酸欠ナイト

 ボスと、都心の隅のボロアパートで暮らしはじめて、もうすぐ1年が経つ。夏がすぐそこで足踏みしているみたいな、長雨の季節がやって来た。

 元の淡竹屋があった地方に比べれば、この辺りは湿気も少なく、暑さもましだとボスは言うのだが、俺にはとてもそうは思えなかった。それは俺が、淡竹屋での7年間、一歩も外に出ず、空調の効いた室内で暮らしていたせいだろう。季節なんて、テレビの中か、お客さんの差し入れの果物だとか、先生の出してくれる旬の料理で知るくらいだった。

 季節をひとまわりする間に、突然の雨に降られてずぶ濡れになったり、雪合戦をして風邪をひいたり、春の暖かさに1日中うつらうつらしたりした。そんな当たり前の、天気や季節を肌で感じるということを、俺は7年ぶりに体験したのだ。自分の力ではどうしようもない、大きな自然に抱かれ、翻弄されながら、誰もが生きているのだということすら、俺は忘れかけていた。家の中に閉じこもっていた頃は、まるで自分が何でも思い通りにできて、何でもわかっているちっちゃな神様のように思えることが時々あったけれども、太陽の下ではそんな不遜なことは思えない。自分が取るに足らない存在だと、後ろ向きな意味でなく、ただ事実としてそう感じられる。

 それは、ボスの店の看板色子だったという矜持にいまだに囚われている俺にとって、とても大事なことだ。


     ☆★☆


 2人分の洗面器と入浴道具を抱えての、銭湯からの帰り道。湯上がりの火照った体に、夜の風は心地良いが、昼過ぎまで降っていた雨のせいか、空気に湿気が多くて、重かった。もう首のあたりがぺたぺたする。雨はすっかり上がっていたが、足もとのアスファルトはまだ濡れていた。

 隣を歩くボスは、夜でもサングラスを外さず(さすがに銭湯内では外していたが)、頭は背中まで届く長いドレッドで、風呂上がりの服装も昼間と変わらずへんてこだから、住宅地の暗い路でも、無闇矢鱈に目立つ。両手に、銭湯の隣のコインランドリーで洗った衣服を詰めた紙袋を提げているが、その異様な出で立ちと生活感との対比が、余計に人目をひくらしい。向かい側から歩いてくる、仕事帰りの勤め人は、皆、すれ違い様に目を剥くようにしてボスを見た。

 俺だって、ボスのことを知らなかったら、何だこの派手な人は、なんて思って、コソコソ観察してしまうかもしれない。ボスは、真白い綿の生地の上に、ピエロじみた赤黒のダイヤの描かれた緩いストレッチパンツと、薄ピンクと茶色の市松模様の上に、華麗な勾玉模様が一面に金糸で刺繍された半袖の開襟シャツ、なんて恰好をしているのだ。けれど、俺はもうボスのこの恰好に慣れてしまっているので、ごく稀に必要があって普通のダークスーツなんて着ていると、そっちの方が逆に違和感がある。

「ねーボス、たしかもう、ビールきれてたよ。『天草』で買って帰ろ」

 ボスはおもむろに俺の腹に目を遣って、口の端で笑った。「今から気をつけねぇと、そのうち狸みてぇなビール腹になんぞ」

「お腹気にしなきゃいけないのはボスの方だよ!」

「ぅお、」

 俺はボスの腹にチョップをかまして、足を速めた。銭湯からアパートまでの帰り道の、最後の曲がり角に、煤けた看板を掲げたその商店はある。天草商店は、気のいいおばちゃんがひとりで切り盛りしている、小さな店だ。毎日深夜まで営業していて、酒や菓子類、野菜に日用品、生活に必要な大抵ものが揃い、頼めば取り寄せだって気安くしてくれる、近隣住民にはなくてはならない場所である。

 滑りの悪いサッシの引戸を、きゅるきゅる鳴らせて店内に入る。蛍光灯1本に照らされた薄暗い店内は、人ふたりが横に並ぶこともできないほど狭い。左右の壁面には、あらゆる商品が、長年の商売で培ったおばちゃんにしかわからない規則性でもって、天井に届くほど堆く積み上げられていた。

「こんばんはー。おばちゃーん、いつものビール1つくださーい」

「はいはい、ちょっと待ってねぇ」

 奥から、緑の壜を1本持って、おばちゃんが顔を出す。表面に薄い氷の膜が張ったそれを、洗面器の、ボスのドレッド用のシャンプーの隣に突っ込んだ。背後で、戸の軋む例の音が聞こえる。おばちゃんはそっちに顔を向けて、言った。

「おや、旦那さんもいらっしゃい。新婚さんは仲良しでいいねぇ」

 俺は曖昧に笑っておいた。おばちゃんは、俺の性別が男だということはちゃんとわかっているようなのだが、一方で、俺たちが、いわゆる普通の男女の新婚夫婦だと思い込んでいるふしもある。俺とボスは当然、男女でも新婚夫婦でもないが、そんな風に見える人がいるというのは、正直なところ、結構、嬉しい。

「そうそう、今日は七夕だからね、新婚のご夫婦にはこれ、おまけしとくね」

 おばちゃんはそう言って、文房具などを買うときに入れてくれる、赤いギンガムチェックの小さな紙袋を、洗面器の中に放り込んだ。

「わーい、ありがとう! なに?」

 ふっふっふと笑って、おばちゃんは答えない。ボスがお金を払って、またきゅるきゅる音をたてて店を出た。

 蒸し暑い部屋に帰ると、俺はまずビールを冷蔵庫に入れて、寝る部屋の窓を全開にした。それから三つ折りに畳んで隅に寄せてある、ダブルサイズの敷き布団を敷く。スリーブレスに綿のゆったりした短パンという軽装でも、部屋の中は蒸し蒸しと暑い。灯りを点けると余計に暑くなる気がして、豆電球すら点けないままだ。

「なんだ、もう寝んのか。ビールは」

 茶の間の電気を点けて、ボスがこっちの部屋を覗き見た。時刻はまだ午後9時をまわったばかりだ。卓袱台でゴトリと音がする。ビールを持って来たのだろう。

「寝ないけど、暑くって。ちょっと休憩」

 俺は窓に頭を向けて、布団の上に寝転がった。窓から入ってくるわずかな風が気持ちよくて、目を閉じる。いや、駄目だ。これではすぐに眠ってしまうと、俺はすぐに目を開けた。仰向けに空を仰ぐと、梅雨の合間の晴れた空に、たくさんの星が見えた。

「……ねぇボス、最近、空に白い道みたいなのがあるよね。あれなに? 雲?」

「あぁ、天の川だろ」

 空を見る前からボスはそう言った。星を観るのに灯りは邪魔だと思ったのだろう、茶の間の電気を消して、近くに来る。

「あれが天の川か!」

「知らなかったのか」

 ボスは少し愕いたようだった。

「うん。だって俺、ボスの言いつけ守って、7年間窓から顔も出さなかったもん。夜は特に、外見てる暇もなかったし……」

 そのとき、ぴと、と、濡れた冷たい硝子が頬に吸い付いた。ぎゃっと叫んで飛び起きる。

「飲もうぜ」

 ボスは笑って、俺の頬にくっつけたばかりのビールの栓を抜いた。周りの家々の窓からもれる灯りと、星明かりしかない、青っぽい薄闇の窓辺で、ボスは上手に泡を立ててビールを注いだ。ビアマグのふちを軽く合わせて乾杯をし、いったんマグを下に戻してから、また持ち上げて飲む。これは、淡竹屋時代に身についた乾杯のやり方だ。ボスと先生がビールを飲む時には必ずそうするので、俺たち娼妓にもいつの間にか、そのやり方が浸透した。今でも皆、どこかでたのしく、好きな人たちと、こうやって乾杯をしているだろうか。していてほしいなと思いながら、冷えたビールを一気に半分ほど飲む。

「あ、くっついてる」

 さっきおばちゃんがくれたおまけが、汗をかいたビール瓶の側面に、ぴったりと張り付いていた。剥がして、包みを破る。中身は、なんてことだ、コンドームだった。しかも、見慣れた内袋が、3枚も。ボスはそれを見るなり、ハッハと笑った。

「ゴム、いつもあそこで買ってんだ」

「そ、そうだったんだ。でも、なんで七夕だからって……」

「牛郎と織女は、1年に1度しか許されない逢瀬だけを励みに、仕事に明け暮れてる夫婦だからな。久々に会ったときにゃあ、そりゃあなぁ」3枚くらいじゃ、とても足りないだろうよ。ボスは下品なことを言ってにやにやしている。

「そういう話なんだ。俺、神様が願いごと聞いてくれる日だとしか思ってなかったよ。あと、先生がご馳走つくってくれる日」特に、たっぷりの杏仁豆腐の上に、丸く刳り貫いたすいかやメロン、それに大きなさくらんぼを載せてあるデザートが、本当に楽しみだった。そう言うと、ボスは「色気ねぇなぁ」と笑った。

「色気、ないかな」

 俯いた俺の顎に、あたたかな指がかかる。顔を上げるより早く、下から掬うように、ボスの脣が重なってきた。ちゅうと吸うと、ビールのせいで、脣の表面が少し苦い。そこをぺろぺろ舐めていると、次第にいつものボスの味になってくる。ボスは俺に脣をしゃぶらせたままで、薄く笑っていた。そうして今度は、ボスが俺の脣を猫みたいに舐めはじめ、そのまま敷蒲団に押し倒される。

 ボスは左を下にして、仰向けになった俺の隣に寝そべった。腕枕をするように伸ばした左腕で、俺の顔を引き寄せ、くちづけをぐっと深くする。上顎をボスの舌先が掠めるたびに、快感が喉を伝い下りて、性器のあたりに溜まってゆく。まるでそれを見越されているように、短パンの裾から、ボスの手が入ってきた。下着越しに、指先で上下に撫でられるだけで、腰が震えて浮いてしまう。ボスにしか抱かれなくなってから、体が、前より敏感に変わってしまったようだ。

 緩く続く刺激に焦れて、俺はボスの手をふとももの内側で挟んで、身を捩った。ボスの舌に舌を絡めて、根元から先の方へと擦り、あそこをこんな風にしてほしいんだと、暗に催促する。それが功を奏したのか、ボスの手が、俺の腰に移動した。短パンがずり下げられる。俺は浮かせた腰をくねらせて、脱がされる手伝いをした。続けて下着も脱がされ、身に着けているものはスリーブレスの薄いカットソー1枚になる。

 開いた脚の中心にある俺のものは、すでに首をもたげかけている。ボスは例えようもなく優しく先端を摘み、裏筋を爪の先だけでくすぐりながら、陰嚢の裏まで辿った。それを上下に繰り返す。

「ん……、ぁ、はぁ……っ」

 ぞくぞくして、大きな胴震いがわいた。吐息だけの笑い声が、俺の短い前髪にかかる。それからボスは、手の中に俺の茎を包みこんで、擦りはじめた。最初はさらさらとしていたボスのてのひらの感触が、俺のこぼす先走りで、ねっとりといやらしいものに変わってゆく。

「あっ、あっ、ボス、」

「窓開いてるから、声、」

 そう言って、ボスはまた脣をのっけてきた。キスで口を塞がれると、くぐもった嬌声は逆に止められなくなる。歯を食いしばることができないからだ。ボスの手の動きが速まる。俺も手を伸ばして、ボスのそこを触ろうとするのだが、体勢と体格差が邪魔して、爪の先も届かなかった。

「……んっ、んーっ、ぉふ、」ボス、と呼びかけたつもりが、上手く発音できない。ボスはそこで脣をわずかに離し、「呼んだか?」と笑った。

「俺も、ボスに、する……」

 男娼だった頃なら、お客さんが二つ返事で俺の顔を自分の股間に誘導したに違いない、必殺の上目遣いでそうねだったのに、ボスはそれを「後でな」と簡単に躱してしまった。

「やだ、する、させ……ぅん、んん、」

 言葉の途中で強引に舌を絡めとられた。首にまわされていた手が、カットソーの下から入りこんでくる。広げた親指と中指で、両方の乳首をいっぺんにいじられると、快感以外の全部が頭からはじき出された。お尻の中が、めちゃくちゃにうねっているのがわかる。今このとき、俺の中にボスが居ないことが、惜しくてならない。今の、ぜったい、すっごい、よくしてあげられたのに。

 顔の角度を変えるたびに、唾液と、俺の甘えた鼻声がこぼれ落ちた。ボスがますます烈しく俺を両手と口で煽り立てるので、息が続かなくなって、口を離して大きく息を吸った。その瞬間、極まりそうになる。俺は目の前に垂れたボスのドレッドの毛束に慌てて噛み付いて声を殺し、最初の絶頂を迎えた。

「…………ぁ、はー、……はあぁ……」

 寝そべっていたボスが、体を起こす。だらしなく開いた俺の口から、ドレッドの髪が細い糸を引いてずるりと抜け、頬を滑って上に持ちあがった。その感触にすら、感じて、内腿がピクピクと痙攣した。

 ボスは俺の両脚を揃えて抱え上げ、太腿が胸につくように折り畳んだ。すると、腿の隙間にちょうど、刺激に弱くなっている俺のそれが挟まってしまう。ボスは笑って、向こう側から鈴口をつついた。まだ中に残っていた精液が、その刺激でちょっと溢れてきたらしい。ボスの指に出口を狭められたそれは、ぷちゅ、と空気の混じった卑猥な音をたてた。

 俺はボスの手を除けて、自分でペニスを掴み、腹側に位置を直した。そうして、揃えた膝を両手で抱える。ボスは、俺のドレッサーからローションを出してきて、それで俺の後ろを拡げだした。自分で言うのも悲しいが、ちょこっといじればすぐに使えるようになる、だらしのない穴だ。ボスの指はすぐに俺の弱点に辿りついた。

「ボス、……あっ、ボス、そこ……!」

「声、がまん、」

「ん、……っ」

 そうだった。窓、開いてたんだった。俺は自分の膝にかぶりついて、ボスが的確に突いてくる快感に耐えた。けれど、4本の指での烈しい抜き差しがはじまると、まるでボスの固いのを入れて動かされてるときみたいに体が揺すられて、あそこからも濡れたすごい音がしだして、もう、たまんない。俺は自分の熱い息で汗ばみ、よだれでどろどろになった右膝に、強く歯を立て、必死に声を我慢した。お腹と太腿の間で、俺のはまた、どくどくと脈打ち、苦しげに膨らんでいる。

 ボスの指が抜かれた瞬間、内壁が、失われたばかりの刺激に焦がれて、きゅうっと収縮した。外から見てもそれがわかったのか、ボスはハァと艶っぽい息を吐いて、なぐさめるみたいに、入口の襞を指先で撫でた。

「紅、起きれるか、」

 肩の下に、ボスの手がさし込まれた。寄っかかりながら身を起こし、深い、くちづけを交わす。そうしながら、膝立ちになって、向かい合わせに座ったボスの下半身を跨いだ。いちばん凄いところまでは膨らみ切っていないけれど、それでも上向いて大きくなってる大好きなボスのに、俺は指を絡めて、愛撫した。ボスが小さく声をあげたのが、口の中にダイレクトに伝わる。たったそれだけのことが、体が昂っているせいもあるのだろうが、泣けてくるほど、うれしい。

 汗にぬめるボスの肩に、左手で掴まった。右手で、今から繋がる場所を大きく拡げて、ボスの先っぽを銜え込む。熱く脈打つ茎に手を添えて、くちづけは続けたまま、ゆっくりと、腰を落とした。

「んぅ、……ん、……」

 全部飲み込んでから、右手もボスの肩に置いた。なじむまでは前後に小さな動きで揺らし、だんだん、腰の振り方をみだらにしていく。

「……んんっ、ぅふっ、んんぅ!」

 ボスが、俺の臍の下を、てのひらで少し圧すようにしながら力強く撫でた。たまらない刺激に、俺は思わず仰け反った。ちょっとだけ、先走りだか精液だかが、飛び出てしまった感覚がある。

「ぅあ、ひあぁっ……」

「声出すなって」

 浮きかけた腰をぐっと元の位置まで戻される。臍の裏辺りを抉られたような感じがして、またあげそうになった俺の声は、ボスがギリギリのタイミングで飲み込んだ。上からも下からも、じゅぼじゅぼとエッチな音が止まらない。

「……くち、腫れそ……」

「ハ、……元から、分厚いから、……わかんねぇよ……」

「ね……ボス、コンドーム、使わなかった、ね……」

 ふと思い出してそう口にしたら、ボスの動きが、ぴたりと止まった。

「やべ、忘れてた。……駄目だ紅、ちょっと、ストップ、」

「むり」

「悪ぃけど、無理通すぞ」

「え、やだや……、だ、……んぁ……っ、」

 ボスは俺の腋を抱え上げて、止めるのも聞かずに中から出ていってしまった。さっき貰ったコンドームに手を伸ばしている。それを横取りして、俺はわざと、口だけをつかってボスのに嵌めはじめた。けれど、ボスの限界直前のそれは、大きくなりすぎていて、図った以上に装着に時間がかかってしまう。

「お、前……っ、ここで出ちまったら、困んの、おまえだぜ」

 焦ったようなボスの声。

「だってボス、いじわるするから」

 けれど俺だって、早く続きをしたいのだ。最後の方は諦めて指をつかった。着け終わると、ボスは荒々しく俺の腰を抱えて、さらに切迫した掠れ声で、言った。

「いじわるじゃねぇよ、おまえのここで、残らず絞り取られてぇだけだって」

「……っ、んーっ!」

 ぐうっと奥まで、ボスが俺を貫く。どちらからともなく、また脣を貪り合って声を殺し、今度は最初から腰を振りまくった。俺の中で、ボスのがもっと膨れる。俺は汗だくのボスの背中に、きつく腕をまわしてしがみついた。

 共に昇りつめた後で、敷蒲団にばたんと倒れ込んだ。しばらく経っても、ちっとも息が整わない。隣からも荒い呼吸が続いていた。

「あたま、ぐらんぐらんしてる……」

「水……、あ、ビールがまだ……」

 そう言ったきり、ボスは黙ってしまう。

「ボス? だいじょうぶ?」

「零れてる……」

「うそ、…………」

 動くのがだるくて、目だけを上に向けた。思っていたよりすぐ近くに窓が迫っている。敷蒲団は元の位置からかなり窓際の方へずれ動いていて、その端に、ビアマグもビール瓶も仲良く倒れて転がっていた。

「まぁ、しょうがねぇ」

 ボスは言った。

「覆水不返」

 俺は最近暗記した四字熟語を言った。

「おぉ、賢い賢い」

 ボスは手を伸ばして、俺の頭をポンポンと撫でた。


     ☆★☆


 結局、こぼれたビールも全開の窓も汗だの何だのにまみれた体もそのままで、俺たちは眠ってしまった。翌日は、当然と言うべきか、揃って風邪をひいた。ボスは喉をやられて、俺はその上に熱まで出た。ガラガラの声でボスが天草商店に電話すると、おばちゃんが、薬と果物を届けてくれた。

「昨日のおまけのせいかしらね。ごめんなさいね、おばちゃんおせっかいで」

 玄関先で明るく笑う声が、奥の部屋まで聞こえてくる。

「いえいえ、新婚なんで」

 ボスはひどい声でそう返した。冗談だというのはわかっていたが、俺はビールくさいふとんの中でひとり、新婚、という言葉を噛みしめて身悶えた。


(了)

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