03

Waiting For You

「でも、ボスが、俺のこと、好き……なんて……」

 ありえない、とでも言うように、紅は左右に首を振った。髪が顎を擦ってくすぐったい。俺はもう一度、額にくちづけてから、紅の顔を両手で挟んで上向かせた。うるんだ瞳を覗き込む。

「信じられねぇんなら、もっと言ってやろうか」

「むっ、無理。ほんと無理、ちょっとずつにして。ぜったい心臓とまるから!」

 なおも小刻みに首を振り続ける。声も上擦っていた。じゃあ、ちょっとだけな。俺の前置きに、紅は目で頷いた。

「さっき、お前が俺に気づくまでの間、俺はずっとお前を見てた。この世で一番美しい時間だった。こんな良いモンが見れんだから、俺の人生捨てたもんじゃないって、そんな風に思えた」

「そ、……それ、全然ちょっとじゃないって。ほんと俺、調子に乗っちゃうから、」

「乗りゃあいいじゃねぇか。馬鹿みたいに調子に乗って、俺を尻に敷いて、スズに『昨夜うちのひとったらギンギンでぇ〜』なんてのろけて煙たがられるくらいで丁度いんだよ。だって俺たち、新婚夫婦みてぇなもんだろ」

 紅は口をぱくぱくさせて、俺の胸を拳で小さく叩いた。

「…………もー! もーボス、ほんと、……いきなりこんなの、反則……」

「つうか、俺ァこっちのが元の性格なんだ。好きになった奴には、何べんだって好きだって言う。これまで付き合った女は全員、そうやってしつこく言い寄って落とした」

「ほんとう?」

「俺はどっかの色男作家と違って、黙っててもモテねぇからな」

「…………ボス、」

「ん?」

 紅は俺の唇を、音をたてて短く吸った。

「……好き。ボス、好き。大好き」

「紅、」

 俺も紅に浅いキスを返した、つもりだったが、離れようとした俺の上唇が、紅の甘噛みに捕まった。くっついた唇と唇が、俺たちの次の動きを引き出す。俺は紅の舌を、さし入れた舌で探した。誘き出された舌先が、ゆっくりと絡んでくる。

「ん、……ふっぅ、……んん……っ」

 濡れたTシャツの上から薄い胸をさすると、すぐにてのひらに、立ち上がった乳首が引っかかるようになった。そこを重点的にいじって、キスをもっと深くする。紅は身を捩って、甘い声を鼻からもらした。そのまま、紅の腰に腕をまわして、浜木綿の影にゆっくりと押し倒していく。剥き出しの汗ばんだ腕に貼り付く砂の感触に、俺はそこでふと、我に返った。

「……ここでやると、絶対、砂入るな」

「じゃあ、上まで、走って帰る?」

 俺はそのつもりで、砂を払って立ち上がった。が、思った以上に、股間が固くなっている。

「お前、ベッドに辿り着くまで我慢しろよ」

 テントを張った自分の前を指さして俺が笑うと、紅もそこに視線を落として、ふっと息をこぼした。布の上から、俺をゆるく擦りはじめる。

「…………おい紅、」

「俺、ここでもいいよ」

「ほんとか?」

 訊ねながらも、俺の手はもう、紅の服を脱がせはじめていた。うん、と答える紅の声が笑っている。浜辺でほとんど唯一の、オアシスみたいな日陰の中で、素裸の紅は膝立ちになって、俺のスラックスのジッパーを下ろした。

「ボスは、経験あるんだよね、外で……」

「真っ昼間は、さすがにねぇな」

「夜はあんの……」

 呟いて、紅は銜えた俺の先っぽをのどの奥に嵌め、クッと締めて、俺を戒めた。

「……ッ、……あぁ、」

 思わず、格好のつかない声をもらしてしまう。締め付けを少し緩め、紅はさらに、俺のを根元ギリギリまで全て飲み込んだ。のどの奥にペニスを沈めていくときの、めくるめく抵抗感にまた声が出て、吸われながら引き出すときの激しい快感に、意識が飛びそうになる。ふつうの口淫だって、水商売の女とばかり付き合ってきたこの俺が舌を巻くほど上手いのに、紅のディープ・スロートといったら、そこいらに転がってるセックスを100回経験するより、よっぽど価値がある。

 紅は奉仕をしながら、自分の股に伸ばした手も動かしていた。雫を滲ます赤い先端が上から丸見えだ。

「も、いいぞ、……くち、離せ、」

 上目で頷いた紅は、一度また奥の奥まで飲み込んでから、全体をたんねんに吸いあげつつ、顔を後ろに引いた。俺がその絶技の余韻に陶然となっている間にも、固く上向いた俺のものを、名残惜しそうにぺろぺろと舐めたりする。俺は慌てて紅の手を引いた。

「今度は、お前が立て」

「……うん……」

 入れ替わりに、俺は砂の上に腰を下ろした。紅のそれは、大きく形を変えて、もうすでに限界が近そうだった。さすがにディープ・スロートなんて高等な技はできないのでしてやれないが、俺はできる限りの技を駆使して竿をしゃぶり、空いている両手で袋と、その奥でひくついている穴も愛撫した。尻を揉むと、そこについていた砂糖みたいな白い砂が、俺のてのひらにもたくさん引っ付いてくる。

「ああ、ん……、ボスだめ、……い、く……っ、」

 放たれた精を口で受ける。俺は、立ったまま陶酔の中に落っこちている紅を、砂の上に寝かせた。両脚を持ち上げ、口内に溜めていた精液を全て、紅の後ろの穴に直接吐き出した。そうして舌だけで、やわらかな窄まりをほぐす。口の中はすぐに砂にまみれたが、構わずに続けた。

 紅は、俺の舌に内側を舐められる度に、均一な高い鳴き声をあげた。小さな動物か何かの鳴き声みたいだった。俺は紅をほぐしながら、スラックスのポケットを探って、後ろの隠しに幸い1枚だけ入っていたコンドームをつけ、服も全部脱いだ。

 とろけた入口に先っぽを嵌めたその瞬間、紅の喘ぎは、ふっと引っ込んだ。紅は、俺がもっと奥まで入ってくるのを、息をつめて今か今かと待っている。固くふくれた自分の性器を、俺は根元までひと息に沈めた。

「…………ッ、あっ、あぁああん!」

「……っう、……は……ぁっ、」

 のどより広くて、のどよりやわらかく吸い付いてくる。いつものもの凄い紅の内側に、さらに今日は、普通じゃあり得ない刺激も加わっていた。紅も、腹の中でそれを感じているようで、両手で砂を掴んで、背中をはげしく反り返らせている。

「あ……っ、や……、やぁ、ボス、……なん、……これ、なに、すご、」

「たぶん、中に砂、入っちまってる……」

 抜き差しのたびに、俺のペニスと紅の内壁との隙間で砂が揉まれる。俺たちはその感覚を追って、夢中で腰を絡め合った。

「あぁっ、あぁっ、んはぁっ、……もちい、ボス、すな、いい、きもちいい……」

「もっと入れてみるか……?」

「……んっ、うんっ、いれて、…………っあぁん、」

 俺は紅のふとももを押さえて、一旦、ペニスを引き抜く。さっきから、やたらに暑いと思ったら、最初は影だったこの場所も、いつしか日なたになっていた。俺まで、明日は日焼けで苦しむことになりそうだ。

 紅は荒い息をつきながら、薄目を開いて、大きく割った自分の脚の間に目を遣った。その直後に、いきなり馬鹿力を出して、ふとももに添えていた俺の左手ごと脚を閉じる。俺がその唐突な行動に愕いているうちに、紅は顔を両手で覆い、膝を固くすり合わせた。

「どうした。やっぱ、嫌んなった?」

「ちがくて……、……っ、その、…………おれ、男、だから……」

「…………ハァ?」

 今さら何を言いだすのか。そんなこと、今日だってさんざん、バッチリ見ているし、ついさっきフェラチオまでしたところだってのに。俺の苛ついた声色に怯えてしまったのか、紅の声は、波音にかき消されそうなくらいに小さく絞られた。

「ごめん。……でも、…………こんな明るいところで、見られたら、……ごまかせない、し……」

「ごまかすってお前、何をだ?」

「だから……、俺、ボスが好きな体じゃ、ない、から……、おっぱいでする技とかもしてあげられないし、ちんちん付いてるし、お尻しか、入れるとこ、ないし、…………」

 紅は、さらに声をかぼそくした。口にすべきではなかったという後悔が、もうすでに、彼の喉を締め付けているのかもしれなかった。俺の左手を腿の間に挟んだまま、ごめんなさい、と声にならない声で何べんも繰り返す。

 そのとき、俺は先日のスズの言葉を思い出していた。娼妓にとってのセックスは、客に出すコーヒーみたいな特別でも何でもないものだけれど、そのコーヒーの美味さこそが娼妓の価値の全てだ。そういう意味のことを、あいつは言った。

 その例えに乗っかるなら、紅はもしかしたら、自分では俺が本当に望むコーヒーをいれられないと、思い込んで、それで悩んでいたのかもしれない。でも、その考え方は、そもそものところで間違っているのだ。

 そりゃあ、俺にだって、多少の味の好みはある。けれどそれは、その日の体調やら気分やらによって、今日はちょっと酸味のきついのがいいだとか、後味がなるべく残らない方がいいとか、その程度のことなのだ。もしも、気分に合わないコーヒーを出されたとしたって、失望したりしない。だって俺は、コーヒーの美味い喫茶店に通い詰めるような通じゃない。

 俺なら、こうだ。

 好きな奴が、自分のコーヒーをいれるときに、ついでのように「コーヒーのむ?」と俺にも声を掛けてくれるとする。俺が「のむ」と答えたら、「濃いめ、薄め?」とかアバウトな好みを訊いてきて、濃いめと言ったのに、無駄話をしながら口をつけたコーヒーは、俺には少し薄い。そしたら、俺は次の機会に、その恋人に向かってこう言うのだ。「超濃いめで」

 そういうのでいい。

 俺にとってのコーヒーは、好きな相手と過ごす時間の、とても良いアイテムだ。でも、その時間、俺に絶対になくてはならないのは、好きな奴の方だ。それだけはもう、当たり前だけど、絶対だ。

 それだけのことを、俺がお前に教えてやる、紅。

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