07

君みたいな少年

 ボスのキスは極上だ。あっという間に俺をボスのことしか考えられなくさせる。快楽のことではなく、ただひたすらに、ボスのこと、なのだ。

 俺がボスを愛しているからこそ、そんな風になるのだろうけど、それでも、もし、ボスが娼妓だったなら、これは結構な強みとして使える能力だろう。

「……ふっ、……」

 思わずもれた俺の笑いに気づいたボスが、「何笑ってんだ」と少し顔を離して、正面から覗き込んでくる。

「なんでも、」

 俺は笑いながら、改めてボスの口を塞いでやった。舌を深く潜らせて、ボスの口の中を泳ぎまわる。次に口を離したタイミングで、ボスが俺の体を抱え上げた。今日はちゃんと、姫抱っこだ。

「わーい」俺ははしゃいで、ボスの顎にキスをした。僅かに伸びたヒゲが、脣を刺激する。

 ボスの部屋の寝台が到着地点だった。膝立ちで俺を跨いだボスが、荒々しいけど服のことを気遣っていないわけではない、つまりとことんボスらしい動きで、自分のシャツを脱いだ。目を殺しにかかるような、相変わらずの色使いとデザインの服。

 現れた厚い胸をうっとりと見上げて、手を伸ばす。ボスは俺の手首を優しく捕まえて、顔を近づけてきた。脣を開いて迎える。長い、くちづけの間に、俺のセーターの裾から、ボスの手が侵入してくる。指先はあったかい。脇腹を擽って、胸の方に移動してきたその指は、もう尖っている乳首のかたちを確かめるみたいになぞってから、軽く摘まんだ。

「……あ、んっ、」

 やわやわと両方いっぺんに揉み込まれて、腰が震える。体が考えるより先に勝手に動く、この感覚は、昔なら、反省材料だった。今でも、ちゃんとコントロールしようと思えば、まだ出来るのかもしれないけれど、そんなことする必要はもうないのだ。そのことを思うと、嬉しくて、余計に腰が捩れる。

「も、……っ、あぁ、ボスぅ、」

 先をねだる。こっちを見たボスの脣の端が、意地悪く上げられる。右手の代わりに脣で乳首を挟んで引っ張る。空いた手が下に降りてきて、ズボンの前を意地悪なやり方で揉み込んだ。俺はその手を撥ね除けるようにして、自分でボタンを外そうとしたが、成功する前にボスの手で下着まではぎ取られてしまう。

 空気に触れるともう、どれくらいそこが濡れているのか、見なくてもはっきり判る。ボスの指の腹で、先っぽをぐりぐりされると、同時に、内股がひくひくと痙攣した。甘い、ボスの笑いが、胸の上に散って、ますますたまらなくなる。

「あっ、あっ、ボス、いい、ぼす、い、あぁ、あァ、」

 手と脣の左右が入れ替わった。俺の腰はもはやくねって跳ねて反ってと収拾がつかない。その快感は、俺の一番感じるところに確実に打撃を与えていた。まだ直接の刺激もないのに、こんなに、絞られるように、あの瞬間、ボスの固いので突き通される悦びを待ち望んで、はしたなく蠢いているのが解る。

「ボス、おねが、……はや、ぅあッ、あッ、はやく、おっきく、して、……きて、はやくぅ……!」

 自分の指で後ろをいじりながら言うと、ボスが顔を上げ、ハッと笑うようにはっきり息をこぼした。

「待ってろ、もうちょっと、」

 俺の脚を大きく開かせた間に膝立ちになって、俺を見下ろしながら、ボスは自分のものを擦りはじめる。下目に俺を視姦する目が格好良くって、ぞくぞくした。俺も増やした指を、ボスからよく見えるように腰を浮かせて、出し入れしてみせた。

 今はお互いがお互いのおかずだ。ボスも、俺が見ているのを知っていて、笑ったかたちの上脣を、舌でなぞってみせた。俺が、そのときのボスのエロい表情が大好きだって、知っていてやっているのだ。

 無言の内にボスが俺の片脚を抱える。鋒を谷間に擦りつけ、笑みを深くしてから、ボスは、俺の内側に潜り込んできた。

「んぁ、はッ、あッ、あぁァ……ッ!」

 ああもう、これだけで、気持ちいい。

 俺はボスに抱かれるのが好きだ。

 ボスのかたちを、体の内側で確かめるのが、大好き。

 このために生まれてきたんだ、って、言っちゃえるくらいに(何しろボスと抱き合ってるときは、頭が冷静に働いてない)。

 さっき、食卓で俺がボスに言ったことは、嘘じゃない。本当に。平気だと思う。ボス以外の誰かに犯されたとしても。

 でも、それでもやっぱり、俺の体がこうして受け止めるのが、ボスの体だけだって思うと、涙が出そうになる。大好きな人とだけ抱き合える、今の自分を、信じられない気持ちで見上げている、小さい頃の自分の目線を感じて、皮膚の裏あたりが、変にヒリヒリしたりする。

 誰にやられても平気だなんて思うのは、だから、もしかしたら、昔の自分であって、今の俺は、平気なんかじゃないのかもしれない。立ち直れないくらい、落ち込んだりするのかも。もしかしたら。わからないけど……。


     ◆


「おまえさ、」

 ずいぶん遅くなってしまった夕食をとりながら、ボスが言った。

「自分が可愛いツラしてるってことくらいは、ちゃんともっと、自覚しろよ」

 俺はサラダを口に運ぶ動きを止めて、向かいのボスを見る。

「……夕方の話の続き?」

「それもあるけど、そういう意味だけじゃあなくって……まァなんつーか、俺ァ正直、おまえがザ・サーカスに居たら、スズ負かしてスターとれんじゃねぇか、ってくらいには、可愛いと思ってるよ」普通の調子でグラスを口に運んで、ボスはしれっとそう言った。

「えぇっ、ボス、バカじゃないの?」

「だァから、おまえのことに関してだけは、だいぶバカんなってんだって。まだ分かんねぇか?」

 俺はにわかに熱くなった顔を誤魔化したくて、急いで赤ワインを呷った。

「そんなのね、あり得ないよ。スズは特別だもん。あいつがザ・サーカスにいる内は、誰も勝てっこないよ。……でも、まぁ、勝負の場所が淡竹屋ってんなら、話はちょっと違うけど、」

「ウチなら?」

「うん。結局ね、勝ちたい方が勝つんだ。こういう、地道な勝負は。本気で勝ちたくて、勝ち以外の全部を犠牲にしたって構わない奴が、勝つ。そういう奴は、ほんとに全部を犠牲にしてかかるから。淡竹屋での勝負だったら、スズより、誰より、俺の方が勝ちたいはずだろ? だから、俺が勝つよ」

 ボスは真正面から俺の顔をしばらく凝視し、持っていたフォークを皿に置いた。

「……参ったな」低く呟く。

「え?」

「おまえが俺に惚れてんのも、そのために移籍の話全部蹴ってたのも、バカな真似してずっと看板でいたことも、最初から、全部解ってるつもりだったけど、」

 そう言ってボスは、食卓の端に置いていたサングラスをかけた。ちょっと、耳が赤くなっている気がする。

「俺もよく、途中で落ちなかったよな。こんな可愛くって立派な野郎に、あんな傍で、全力で想われてて」

「今さらかよ」

 口を開くと、涙腺まで緩んでしまいそうになった。こらえるために、俺は流しの蛇口らへんに目を逸らし、伸び縮みするそれが本物の象だったら変だな、などとどうでもいい、下らないことを考えて、どうにか気を逸らした。


inserted by FC2 system