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The Circus 本編1<レイト>

 人数制限が解かれて1年が経つ頃になると、スズは、スターである静日の売り上げに肉迫することはあっても、2番人気の位置から落ちるようなことは、すっかりなくなっていた。

 〈スズ〉は、18歳になった。

 18歳は、特別な年齢だ。この国の刑法で、大人として扱われるようになるのは15歳からだが、18歳になれば、公に成人として認められる。個人としての国民カードが発行され、婚姻の自由、参政権など、一人前の大人としての権利が与えられ、納税の義務が課される。軍への参加が可能になるのも18歳からだ。

 無論、実年齢でいけば、スズはやっと13歳になったのであって、いまだ刑法上の成人もしていない。その事実を知った上でスズを買っている客は、ほんとうに、数えるほどしかいなかった。

「足の踏み場もないって言葉の実際を、僕はこの長い人生で、今初めて、目の当たりにしているよ」ベッドの上から部屋を見回して笑っている、この紳士も、その少ない客のひとりだ。1年前の誕生日とは比べものにならないほど、スズの部屋は、贈り物の海と化していた。

「こんな人気者の特別な夜を、こんなおじいさんが貸し切ってしまって、いやはや、申し訳ないね」タマデチはにこやかにそう言うと、シャワーから戻ってきたスズを手招いた。別の手で、すでに2つまで開いているドレスシャツの釦を、3つ4つと器用に外していく。近くのホテルで開かれた誕生パーティから、ふたりでやっと引き上げてきたところだった。時刻は10時を回っている。

「こんな特別な夜を、タマデチさん以外の誰と過ごさせる気です?」スズは拗ねた物言いをして笑い、アルコールと葉巻の煙のにおいの沁みたタマデチの胸に頬をくっつけた。残りの釦はスズが外す。

「もう、あれから3年も経つんだな。嬰矢から、後になってきみの本当の年齢を聞かされたときのことを思い返すと、今でも怖気立つよ。秘蔵っ子のデビュー前の最終審査だというから、こっちは精一杯苛め抜いて楽しんだってのに、後からあんなことを言うんだからね」身震いをしてみせながら、スズの手に従って、シャツから袖を抜く。

 ナイトテーブルの端、ぎりぎりのところに乗っかっているグラスに気づいて、スズはそれを奥にずらした。タマデチ愛用の薬草の赤い包み紙が、その傍に置いてある。

「最近はあんまり伸びなくなったんじゃないの?」とタマデチが言った。

「え?」スズは、タマデチの方に傾げた頸をめぐらせる。

「背の話さ」

「ああ、そうなんですよ。もう止まっちゃうのかも」

「今はどれくらいになってるの」

「176か7か、それくらいだと思うんですけど」

「もうだいぶ大きいな。僕なんか背伸びしないとキスしてもらえないね」そう言うタマデチは、縮んだ縮んだと口癖のように言うが、まだ、170cm以上はあるはずだ。いい年で、薬草の恩恵がなければ勃起も思い通りとはいかないが、骨組みのがっしりとした肉体には、まだまだ枯れそうにもない生気が貯蔵されている。

 タマデチは、元々は、嬰矢の客だった。そして、嬰矢の馴染み客が軒並みそうであるように、彼もまた、ザ・サーカスに昔から深く関わっている、特別な上客である。

 しかしながら、スズはタマデチが何をしている人物なのか、出会って3年経つ今でも、正確には知らない。自ら言及した場合を除いて、客の身分には触れない、というのは、娼妓の当たり前の流儀だ。もちろん、ザ・サーカスという組織の上層部では、おそらくタマデチの家族以上に、彼の身辺を把握していることだろう。それを諒解できる者にしか、この店の会員資格は与えられない。

「13歳、おめでとう」タマデチは、スズを抱きしめて、言った。

「ありがとうございます」

「これでやっと、少しは罪悪感が薄れる気がするな」

「12歳じゃ、駄目でしたか?」

「13、14が男娼の花だって、昔から言うのさ。いや、これはもう全く、大昔の言葉だな。それも見た目のことだから、きみにはどっちにしろ当てはまらないがね」

「18ですから」スズは目で笑う。

「惜しい。もうひとつ意味があるんだよ。18どころか、25を超えたところで、きみほど理想的な愛人はいないだろうと、そういう褒め言葉なわけだ」

 スズはちょっと目を丸くしてから、無言のままタマデチにぎゅうっと抱きついた。細かい皺の寄った、さらさらした肌触りの胸もとに、頬をこすりつける。

「おやおや、どうした」

「うれしくって、くらっとしました」

「意外だな。こんな褒め言葉には慣れてるだろう」

「誰に褒められたって、こんなにうれしくありません」

 タマデチの大きなてのひらが、スズの頬を撫でる。するりとガウンを脱ぎ捨てて、スズは、無心な動物のように、タマデチの愛撫に身を投げ出した。


     ★


「やわらかくなった」それを確かめるかのように、タマデチは、後ろから覆いかぶさったスズの体を、深く揺らした。

「あぅ……」後ろから満ちて引く刺激に、スズの背すじが大きく震える。後頸。肩甲骨のくぼみ。タマデチは脣で触れ、歯で挟み、舌を這わせる。スズの身の内は、そのたびに素直な反応をして、タマデチの硬く立ち上がった欲望を楽しませた。

「後ろから抱かれるのにも、すっかり安心したな。もう、手加減も要らないらしい」タマデチは、スズの耳の裏に息を吹きかけて笑う。スズは、斜め後ろから見てもわかるように、ふくれっ面をわざとつくった。

「あれから、3年も経つんですよ。タマデチさん、僕のこと、甘やかしすぎです」

 3年前の、あの事件のとき、スズは視界を奪われ、うつぶせにされて、後ろから何度も犯された。その詳細をタマデチに話したことはない。だから、誰かに聞いたのか、それとも実際に自分を抱いて推測したのかは知らないが――もし後者だとすれば、それは娼妓として恥ずべきことだ――タマデチは、とにかく、気づいていたらしい。スズが、克服しようと努力を続けていた、根深い恐怖に。

「きみはこの店の大事なお坊ちゃんだからな、甘やかすさ」

「お坊ちゃんって年じゃありません」

「ああ。だから、」タマデチは言いさして、深く沈めていたものをぎりぎりまで引きずり出してから、勢いよく腰を打ちつけた。スズの、歓喜にまみれた悲鳴と、濡れた皮膚がぶつかる音が、同時に立つ。「もう一丁前だから、怖くっても、気持ちのいい顔を続けられるな?」

「で、きま、せ……ッ、……ヒッ、」タマデチはまた、狭い筒の中で自身を大きく泳がせて、スズの尻をつねった。「駄目だ。今夜は甘やかさんぞ」

「ちが、……あッ、あッ、……っも、ちが、」後ろから烈しく突かれながら、スズは、言葉としての形にまとまらない言葉を、どうにか、紡ごうとした。「こわく、な……、も、きもちい、……だけ……から、」

 ぐっと、タマデチが奥まで体を進めて、動きを止めた。のしかかる格好で、スズの横向きの頬に、脣をのせる。「本当か?」

「あ……、おねが……止めないでぇ……」スズは目尻に涙を浮かせて哀願し、自ら腰をうごめかせた。タマデチはその動きを助けるように、スズの腹を後ろから抱えあげて、緩く上下に揺らしてやる。「やぁっ、あっ、おなか……っ」

「俺のかたちがわかるかな」タマデチはスズの腹を圧し、まさぐり、撫でさすりながら、ゆっくりと烈しい律動を刻む。スズは全身に鳥肌をたてて感じていた。掠れた美しい悲鳴、計算と偶然の交じり合ったリズムが、いつになく熱く、タマデチを煽りたてる。

 腹を下に辿り、今の今まで放っておいたふくらみにようやく触れてやると、ただそれだけの刺激で、スズは堪えきれずに精液を少しもらした。そのくらいでは、張りつめた角度も落ち着かない。タマデチが改めて握りこもうと伸ばした手から、スズは腰を捩じらせて逃げようとしたが、後ろから打ち込まれた杭に、その動きを阻まれた。

「リノク……!」

 スズは半身を後ろに捻って、タマデチの名を涙声で叫んだ。うるんだ緑の瞳からこぼれた涙が、ひとすじ、上気した頬を斜めに渡った。タマデチは、滴の行き先を目で追いながら、手の中のスズを追い立てることもやめない。鼻梁を越えた涙が、小鼻の脇に、薄くたまる。それを脣で吸いとったとき、スズは体を緊張させ、タマデチの両のてのひらは、彼の歓喜を受けてたっぷりと汚れた。新しい涙が、同じ道を通ってあとからあとから流れてきて、タマデチの脣をうるおす。

 タマデチは体を引き、力の抜けたスズを仰向けに寝かせて、傍らに添った。

「スズ、」呼びかけると、返事はせずに、涙にゆらゆらしている目で、タマデチを見上げる。声を出そうにも、息はまだ荒く、若い体は、いっぺんに与えられすぎた快感の名残に、いまだ翻弄されているようだった。

 その、重い疲れの中で、少年は、一心にタマデチを見つめている。

 タマデチは、大きく地面が横揺れするような眩暈を、感じた。

「…………ああ、何てことだ……!」熱に浮かされてうわごとを発したような声だった。苦しげな顔で、タマデチはスズを、睨むように見つめる。「スズ……、きみは、何てことを、」

 スズは両腕を開いて、タマデチの、抱擁をねだった。脣を?みしめ、己の欲望に抗おうとしたタマデチは、しかし、喉を低く鳴らして、少年の熱い体を掻き抱いた。互いの目しか視界に映らない至近距離。貪り合うように口づけを深くしながら、タマデチは正面から、スズの中に入り直す。

「……はぁっ、ア、……アー……ッ……!」薬の効果は薄れはじめているというのに、タマデチを体の中に迎える瞬間、スズは、切ない声で泣いて、頭を仰け反らせた。内側と入口がひくついて締まり、若い性器は再び、陶酔の期待にふくらみはじめている。

 スズがどれほど、自分に抱かれることを喜んでいるか。そのことをタマデチは、このときになって初めて、はっきりと、理解した。

 スズが、自分に、恋をしていることが、解る。

 そして、タマデチにとっては最悪なことに、自分もまたスズに焦がれていることに、気がついてしまった。

 これはもう、理想的な愛人などというレベルではない。遠い昔の、実際の恋愛でも、長年続けてきた、よく訓練された一流の娼妓たちとの交流の中でも、こんな感情は、味わったことがなかった。

 タマデチは、残りの人生の分の性欲をすべて使い切ったような気分で、シャワーを浴びた。その間に、寝台は、すっかり清潔な顔に着替えている。スズはその上に座り込んで、贈りものの包みを開けている。ついさっきまで、同じ場所で快楽に喘いでいた娼妓と、同一人物などとはとても思えない、無邪気な顔で。

「…………僕はさっき、きみを、好きになってしまった。僕は、……きみに、恋を……」タマデチは、力なく寝台の端に腰掛ける。

「やっぱり、タマデチさんには、ずっと、通じてなかったんですね」スズの言葉に、タマデチは顔を上げた。

「やっぱり……?」繰り返すと、スズは小さく頷く。「じゃあきみは、僕以外のほかの客とは、いつでもあんな風に、……恋愛を……?」

「はい。でも、セックスで好きになってくれたのは、たぶん、タマデチさんが初めてです」

「何てことだ……」先刻言ったのと同じ言葉を、また繰り返して、タマデチは、スズの前髪に、なぐさめるようにそっと、指を通した。

「僕たちは、いいよ。僕たち客にとっては、きみはひとりきりの、特別な娼妓なんだからね。でも、きみには大勢の客がいる。それなのに、全ての客と恋愛をするだなんて……ああ、こんな忠告をするのは、全く、信じられない思いだが……、しかし演技と言うには、さっきのきみに、客観性はないようだった」

「本当に、あなたが好きなんです。会うと、好きになってしまう。その気持ちは、自分にも、どうしようもありません」

「そうか……」タマデチは、寝台の上に足をあげ、体ごと、スズを正面から見据えた。

「きみはどうやら、客の『夢の恋人』に、なることができるらしい。……だから、こう言わなければいけない」

 スズの喉が、緊張に引き締まる。見下ろしてくるタマデチの表情に、諭すような口調に、『父親』のにおいを感じたからだった。それはこの世でスズが、最も苦手にしている言葉だった。

「客の夢のまま、欲望のままに、きみはそのひとつきりの体と、心を、その都度捏ね上げ、対応させるのだろう。具体的にどうやっているのかは、僕には想像もつかないが……それがきみを、普通に客の相手をするよりずっと消耗させるだろうということは、少なくとも、想像がつく」

 スズは小さく首を振る。「そんな、大げさなことじゃありません。僕の仕事のやり方が、そうだというだけで……だって、タマデチさんが、最初のお客さんとして来てくれたときからもう、僕はあなたを、恋しいと思っていたんだから……」

 タマデチの手がスズの顎に伸びて、そこに溜まった涙の粒を拭った。ひたすらに優しい顔で微笑み、スズの頭を、子供にするように、ポンポンと撫でる。その行動と、注がれる表情の変化に、スズは、恋の終わりを、見た。

「……もう、ここに来てくださることは、ないんですね……」言葉にすると、また、涙が溢れる。

「巣立ちのときだ、スズ」冗談めかしてそう言うと、タマデチは、スズの肩を抱いた。「きみは素晴らしい娼妓だ。それに、きみの仕事のやり方を批判するつもりも、毛頭ないよ」

「……はい……」あとからあとから零れる涙を、タマデチは苦笑しながら、何度も律儀に拭ってくれた。

「けれどね、スズ。僕は、きみの本当の年齢を知っている。18にしか見えない13歳の男娼と寝ることはできるが、いくつに見えたって、13歳の恋人を抱くことは、済まないが、僕にはできない。どうしても、したくないんだ」

 ごめんなさい、と、動きかけたスズの脣を、タマデチは親愛のキスで塞いだ。

「さあ、そろそろ休もう。あんなにくたくたになるほど頑張ったのは久しぶりだよ、まったく。最高の夜だった。ありがとう、スズ」

 初めての客との、最後の夜。

 スズは、タマデチのあたたかな体にくっついたまま、青く明けてゆく夜を、いつまでも見つめていた。

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