03

スピロ・スペロ

「ロス連れてきました!」

「遅くなってすみません」

 ジムショの二階、集会場と呼ばれている大部屋に駆け込むと、すでに集まっていた奴らが、一斉に後ろを振り返った。ざっと数えても二十人近くいる。全員、いかにも腕っ節の強そうな体格をしていた。胃が冷たく縮んだような、嫌な緊張が走る。

「待ってたよ。ロス、きみはこっちに」

 ミクスドの声が筋肉の海の向こうから聞こえる。ざっと左右に男たちが引き、部屋の中央に道が通った。ミクスドは、正面の窓際に設えられた長ソファを一人で占領していた。のんびりと俺を手招き、自分の隣の座面を二度、叩いてみせる。「ここ、座っていいよ」

 細い道を、邪神に捧げられる生贄になった気分で歩く。示された位置より、ほんの数センチ離れたところに、俺は腰を下ろした。そこから改めて、部屋に集められたメンバーを見渡す。知ってる顔が多かったが、その中に、子供通りの主たる、Gリーチの姿はなかった。

「急な呼び出しに集まってくれてありがとう。きみたちに、大事な話があるんだ」そこでミクスドは、ゆっくりと部屋の端から端まで目玉を動かして、集めた若い猛者たちを眺め回した。「悪い話じゃないよ。仕事の話」ミクスドは言い足して、俺にもちらりと、目線を寄越した。

 昼間あんな会話をした後で、子供通りに呼び出されれば、俺がどれほどの恐怖を感じるか、ミクスドは解っているはずだ。震える思いでやって来ると、明らかに自分より腕力に勝った者たちで、部屋がいっぱいになっている。疑念は更に高まる。

 俺を犯させるために、こいつらは集められているのではないか。
 ミクスドはやはり、俺を通りの男娼に堕とす気なのではないか。

 そう、俺が思って、冷や汗をしたたらせる様を、ミクスドは見たかったのに違いない。優しい言葉と笑顔の下で、どんな小さなミスも見逃さず、必ず罰を与え、恐怖を植え付ける。再び同じ過ちを犯せば、その恐怖は現実になるよと、俺を脅しているのだ。

「タオル要る?」目を上げると、ミクスドの顔は、最前列に立ったリューの方へ向けられていた。「きみは一体どこから走ってきたの。ジャンパーの色まで変わってるじゃない」

「ボスを待たせるわけにはいかないと思って、全速力で来たんで」リューは調子のいいことを抜かしている。気を利かせた一人が、洗面所から俺の分もタオルを持ってきた。礼を言って受け取る。

「そういや、ロス捜してるときに、また見つけましたよ。〈ラーテル〉のタギング」とリューは思わぬことを言い出した。「本当? どの辺で?」

「Aランクのホテルの裏んとこです。ビルの外階段の脇の壁に。一応、上から書き直しときましたけど」リューはジャンパーのポケットから、スプレー缶を取り出してみせた。さっきの裏路地で、階段の上にいたのはそのためだったのだ。携帯ゲームでもして時間を潰していたのだろうと、大して気にしていなかった。

「リューは気が利くね」ミクスドはなぜか俺に向かって、そう言った。「それにしても奴ら、最近調子に乗り過ぎてると思わない? ついこないだも、スカンク小僧がうちのシマで汚い落書きしたあげく、銃をぶっ放す、ってふざけたことしてくればかりだし……」リューをはじめとして、そのときの詳細を知っている数人の視線が、俺に向いた。

 〈ラーテル〉は、この町の南端に広がるスラムで勢力を伸ばしはじめている、敵対チームだ。その予備軍の子供が、うちのシマで、自分達の縄張りを主張するタギングを書いているのを見つけたのは、つい十日ほど前のことだった。

 度胸試しの落書きは、チームに入るときの通過儀礼のようなものだが、失敗すれば、制裁が待っている。面倒なのでいつもなら見逃すが、今回は場所が悪かった。ミクスドとの密会にも使っている仕事部屋の、すぐ隣のビルだったのだ。放っておけば、落書きを見つけたミクスドに、気付かなかったのかと俺が難癖をつけられる可能性もあった。

 俺はやれやれと、子供のスプレーを持った手を、後ろから捕らえた。だが次の瞬間、その子供は、見つかることを想定していたとでもいうように、反対の手で、懐から拳銃を取り出したのだ。銃は、珍しいものじゃないが、誰もが持っているものでもない。特に、子供が持っていることは、南地区ではあまりないはずだった。

 彼の、銃を握った手首には、彫りかけの刺青があった。ラーテルの連中が好んで入れる、気色悪い、一つ目の図柄だ。それを俺が認識する暇があったということは、相手の動きに、隙があったということだった。

 子供は銃の扱いをほとんど解っていないようだった。なぜか地面に向けて弾を放ち、その音と反動に愕いたのか、銃を取り落とした。俺は子供をスプレーくさい壁に押し付け、足で落ちた拳銃を引き寄せて、拾う。それは、あまり見覚えのない、輸入ものの小型拳銃だった。

「落書きなら、もっと良い場所にしろ。ここはうちのシマの中で、一番最悪の場所だ」俺は言って、子供から手を離し、一歩下がった。伺うようにこちらへ首をめぐらせた子供は、自分に向けられた銃口に気づいて、凍り付いた。「おまえみたいにツキのない奴は、ギャングになんか入っても、長生きできない」

 俺は顎で、行け、と示したつもりだった。とりあえず逃げろ、と。だが、子供が発砲したのがいけなかった。銃声を聞きつけたリューたちが駆けつけて来たのだ。俺は壁に背中をくっつけた子供に銃を向けていて、子供の頭上には、ほとんど書き上げられた敵チームのタギングがある。

 処刑しろと騒ぎ出した仲間をどうにか宥めて、仕方なく、俺が子供をミクスドの元へ連行した。その後、あの子供がどのように処分されたのかは知らない。ミクスドも面倒くさそうな顔をしていたから、軽いリンチ程度で放免になった可能性もあるが、そうではなかったときのことを思うと、あまり考えたくないというのが本音だ。

「ラーテルの狙いは当然、ここ、」ミクスドは、平手でソファの座面を叩いて、派手な音を立てた。俺に集まっていた視線が、一気にミクスドに戻る。満足げに、ミクスドはえくぼを深くした。「――子供通りだ。通りの自治権を僕らから奪ってしまえば、この町の裏側を支配したも同然だからね。そんなことになったら、僕らを信用して自治を任せてくれてる〈毒蛇〉にも、顔が立たなくなる」

 ミクスドはそこから、また勿体をつけて、部屋に集まった顔を見渡した。「だから、ここにいる皆には、今日から、子供通りの警備を手伝ってもらいたいんだ」

 歓びのどよめきが、部屋を底から揺らす。チームの最も重要な資金源である、〈子供通り〉に関する仕事を任せられるのは、名誉なことなのだ。ただ、リューやその周りの奴らの表情を見ていると、単純に、通りの街娼との関わりが増えることに浮かれているようでもあった。ミクスドがまたソファを叩く。

「話はまだ終わってないよ。急な増員だから、Gリーチの補佐役として、君たちの上にこのロスが付く。まぁ、監督というか、指揮官みたいなものだね。何か起こったら全て彼に報告して、彼の指示を仰ぐこと。いいね」

 全身の毛穴に、熱風が通ったように、体が熱くなった。ミクスドは、楽しげに細めた目を、俺に当てた。何か裏があるんじゃないかという警戒心もあるにはあったが、それが今はきちんと働いていない。

「大出世じゃねぇか、ロス! Gの補佐役なんて、幹部候補も同然だぜ」リューに脇腹を小突かれて、その衝撃で、舞い上がっていた頭が少ししゃんとする。「おまえこそ、念願の子供通り勤務じゃねぇか。さっき言ってた何とかって男娼、外にいるといいな」

「リリス、だよ。稼ぎ頭の名前くらい覚えときな、指揮官殿」リューは呼ばれて、車座になった増員組のグループの一つに合流した。彼らはこの後さっそく、班に分かれて子供通りの見回りを開始するらしい。元々の警備担当メンバーも、いつの間にか部屋に入ってきていて、室内の筋肉密度はさらに上昇していた。指示の声や質問が飛び、昂奮気味の男たちが笑いさざめく部屋は、騒々しいという以上に暑苦しかった。

 ミクスドは、増員組の一人一人と、チーム伝統のやり方で握手を交わして、最初の仕事に送り出した。彼らが全部出て行くと、急に部屋が広がったように感じた。

「ミクスド、ありがとうございます」ソファに座っているミクスドの頭の位置よりもっと深く、俺は頭を下げた。ふとももの横に添えた俺の手を、ミクスドは促すように、軽く引っ張った。拳三つ分の距離を空けて、隣に座る。

「遠慮しなくていいのに」と、更に絡めた指を引っ張る。

「失礼します」俺は距離を置かずに座り直し、男の厚い胸に、娼婦のようにしなだれかからなくてはならなかった。太い胴体に腕をまわす。筋肉の弾力。香水と体臭の混じり合ったにおい。よく知ってる、俺を抱く男のにおいだ。吐き気が頭痛を呼んでくる。

「基本的には、ここでGリーチの補佐についてればいいから」俺の首の後ろを撫でながら、ミクスドは穏やかな声で言った。唾をのんで、「はい」と返事をする。「その上で、君の上司が、何か俺に報告しなきゃならないような動きをしたら、」衿から入ってきた手が、肩甲骨の辺りまで潜ってくる。骨の形を確かめるように撫で回しながら、耳を舐め、吐息と一緒に、「それは君なりに調べて、逐一報告……ね、」と吹き込んだ。

「……Gが、……?」声を低めて訊くと、ミクスドはゆっくりと目を細めて頷いた。「ラーテルの奴らがこぞって入れる刺青の模様、知ってる?」

「はい……」数日前の、度胸試しの子供の腕に見た、ぎょろりとした一つ目の刺青を思い出す。

「グレイの腕、よく見てみるといい」すぐそこでそう言った脣から、分厚い舌が出てきた。俺の脣の合わせ目を抉じ開けるようにして、端から端までを舐る。

 口を開きながら、俺は目の前に差し出されたチャンスについて、考えた。ここでミクスドの期待に応えることができたら、信頼を揺るぎないものにできるかもしれない。チーム内で出世すれば、軍の連中にコネも作りやすくなるし、カネももっと入ってくる。〈外〉に逃げ出せる機会は今より格段に増え、ハードルも下がるはずだ。

 昂奮に速まった脈が、触れ合う胸から伝わってしまうのではと、俺は思わず息をのみ、同時にミクスドの舌を吸い上げていた。いつ、誰が来るかも分からぬこんな場所で、ミクスドが触れてきたのは初めてだ。烈しくなる口づけとは逆に、だんだん冷静さが戻ってきて、腹が立ってくる。

 汚らしい息と唾液の混じる音で耳をびしょびしょにしながらも、俺は外の物音に、しっかりと聞き耳をたてていた。表の子供通りのざわめきの中から、階段を上ってくる足音が聞こえだす。離れようとすると、きつく腕の中に抱き込まれた。ミクスドはねちっこく、音を立てて、俺の舌をむさぼった。

 子供通りから集会場に入るには、階段を上がって、二階の通路をぐるりと裏にまわってこなければならない。安普請だから、外の通路のどの辺りを人が歩いているのか、部屋の中の人間にはだいたい見当がつく。扉のある辺に、足音が曲がったところで、ようやくミクスドは俺の体を開放した。口許を拭い、ソファの端に座り直して、俺は正面の扉を見遣った。

「おいミキ、いくら何でもいきなり人数増やし過ぎだぜ。あれじゃ統制取れねぇよ」派手な剃り込みの入った坊主頭を屈めて扉を潜り、Gリーチが、中に入ってきた。彼こそが、ヴィルジニズ・ヒドラの誰もが恐れる、子供通りの番人だ。一見しただけでも、ミクスドよりさらに分厚く鍛えた黒い肌には迫力がある。

 大股にソファへ近づいてくるGリーチに、ミクスドは、「急に仕事増やして悪ぃな」と、聞きなれないくだけた口調で喋った。

「なんだ、そいつも増員組か? こんなひょろい奴が何の役に立つ」Gリーチは、眇めた目で俺を見下ろした。無遠慮な手が顎を掴んで、上向かせる。「へぇ……。通りに立たせた方が金になりそうだけどな。最初からBランクで出せるレベルだ」

「見かけより凶暴で喧嘩っ早いんだ。そっち向きじゃない」ミクスドがそう牽制した。

 目の前に迫ったGリーチの、眉間から額の辺りには、細かな傷痕がいくつも散っていた。薄灰色の瞳が、目つきの鋭さをさらに際立たせている。肘の辺りまでまくり上げたシャツの袖から突き出た太い腕には、目玉だらけの化け物のように見える禍々しい絵が、黒褐色の肌よりさらに黒々とした墨で描かれていた。目玉の刺青。でも、ラーテルの連中が入れてるのとは、だいぶ感じが違う。

 俺は首を大きく振って、顎をつかまえている手から逃れた。無言で、失礼な男を睨み上げる。Gリーチは「ま、それなりの度胸はあるみてぇだ」と笑った。「こいつは、増員した筋肉どもの脳みそ役だ。頭の良い部下、欲しがってたろ。こき使ってくれていいから、その代わり、仕事を教えてやってくれ」

「あー、そういやこいつ、見たことある顔だ。……あれか、反体制のゲージュツカどもにクスリ売りつけてる奴」

「そうそれ。優秀な奴にはチャンスが必要だ。じゃ、後は任せたよ、グレイ」そのまま出ていこうとするので、俺は先回りして、ミクスドのために扉を開けた。「お疲れ様です」

「頑張ってね、ロス」肩に置かれた手から、熱い、情念のようなものが全身に絡み付いてくる。目を伏せて、さらに頭を深く下げた。裏の階段を下りる足音が途切れると、ほんの少しの間を置いて、一階のシャッターを開ける音が聞こえる。ミクスドは、子供通りに来るときには、物置状態のその土間をクルマ置き場として使っているのだ。裏口を抜けて行くいつものエンジン音が遠くなるのを、俺は扉の脇で頭を下げたまま聞いていた。

「ったく、勝手な真似ばっかしやがって。何考えてやがんだか」Gリーチは吐き捨てるように言うと、「よう、頭重くて元の姿勢に戻れねぇのか、イケメンぼうず」と俺に声をかけてきた。

「ロスです」扉を閉めて振り返ると、Gリーチはソファの真ん中に、片膝を立てて座っていた。ガムをくちゃくちゃやりながら、ポケットから取り出した何かの紙切れを開く。「おまえ、今回の件のこと、ミキに何か聞いてねぇか」

「ミキって?」

「ミキストリのことだよ。何だ、おまえ、あいつのオンナのくせに、本名も知らねぇのか」片方の眉をバカにしたように浮かせて、Gリーチは紙の上からちらりと俺に視線を向けた。

 全身全部が、爆発的に沸騰した。考える前に、拳が壁にめり込む。飛び散った細かな木屑が、Gリーチの頬を掠めて飛ぶのが、嫌にゆっくりと目に映った。腕を引くと、Gリーチの顔のすぐ右横、合板の壁には、見事に穴が空いていた。それを振り返って確認したGリーチは、「おいおいおい、どうすんだよこれ。弁償しろよ」と笑ってソファから腰を上げる。その次の瞬間には、俺は床に叩き付けられていた。

 頭をバスケットボールのように片手で掴まれて、なぎ払われたのだ。ぶれる脳みそがそれを理解するのに、数秒かかった。

 俺は体勢を立て直して、ソファに再び腰掛けたGリーチに掴みかかった。脣が切れ、すでに裏路地で人を殴って傷だらけだった手の甲からも、新しい血が流れていたが、少しも痛みは感じなかった。

「何で知ってる。ミクスドが喋ったのか!」Gリーチが、俺とミクスドの関係を知っているというなら、秘密の漏れた道筋はそれ以外考えられなかった。さっき、ミクスドがこんな場所でキスをしてきたのも、Gリーチにはすでに知られていることだから、現場を見られても構わないという腹だったのかもしれない。

 今度は真正面から突き飛ばされた。無様によろけて尻餅をついた俺に、憐れむような笑いがひとつ、ソファの上から投げられる。「今のは頭の良い奴の訊き方じゃねぇな。単なるからかいかもしんねぇのに、テメェのその反応で決定的じゃねぇか」

「ごまかす気か。ミクスドが喋ったんじゃねぇなら、どっから洩れるんだよ!」

「だァから、人の話聞けよカマ野郎。俺ァあいつとは寝小便垂れてた頃からの付き合いなんだ。おまえのこととは全く関係なしに、とっくの昔に、自分のダチがホモ野郎だってことにゃ気付いてんだよ。あいつの目つき見てりゃ、誰に気があるかなんて一発だ」

 心底面倒くさそうに話すGリーチを見ていたら、あんなに沸き上がっていた怒りが、パタリとしぼんだ。裂けそうなほど見開いていた目を、鼻に皺を寄せて薄くする。痛みを思い出した拳で、俺は力なく床を殴りつけた。折り曲げた膝に額を乗せると、全身の力が抜けた。ミクスドとの関係が始まったときから、常に緊張し続けていた、自分の中のどこか一部分が切れる、空しい音が、耳の内側で聞こえた気さえした。

「何だよ、落ち込んでんのか。別に大したことでもねぇだろ」

「ほかにも、気付いてる奴、いんのか……?」

「知るか。つーか、ケツで成り上がろうってんなら、いつかテメェがボスの便所だってバレるリスクぐらい、最初から考えに入れとけよ」

「好きでカマ掘らせたんじゃない。チームに残る方法が、ほかになかったんだ」俺は怒鳴ったつもりだったが、勢いのない掠れた声は、いかにもカマらしくて、情けないのを通り越して、笑ってしまいそうだった。「ミクスドが男好きだって知ってんなら、これまで目ぇつけたメンバーにあいつが何してきたかも、あんた、全部知ってんだろ……?」

 Gリーチは、「まぁなァ……」と呟いて、ソファに深く掛け直した。左の膝の上に、大儀そうに右の足首を載せる。「気に入った奴にわざと失態犯させて、罰と称して子供通り送りにする、って悪癖のことだろ? まぁ、愛情表現がちっとひねくれてんだよな」と肩を揺らす。

「笑いごとじゃねぇよ」俺は苛立ち紛れに、口許にこびりついていた乾いた血を、爪で引っ掻いて剥がした。赤黒い粉がてのひらにくっついてくるのを、ジーンズの膝になすりつける。

「何年か前には、あいつの求愛を正面切って突っぱねた猛者がいたけどな。そいつは、子供通り送りになってから十日間、朝から晩までエグいレイプものの実録ポルノ撮影され続けて、頭おかしくなっちまった」やっぱり笑いながら、Gリーチは言った。俺の視線に気付くと、おどけ半分に眉を上げる。「おまえらにとっちゃ深刻な問題だろうけどよ、傍から見てたらお笑いぐさだよ。男が男にケツ狙われるのなんのって」

「あっちが勝手に追ってきて、無視しようが断ろうが大人しく受け入れようが、お構いなしにチームから追い出されて、男娼にされんだぞ。冗談じゃねぇよ。それならいっそこっちから誘って、五分の関係に持って行くしか……」

「チームに残りたけりゃ、まぁ、それしか道はねぇな。気付いたおまえは賢い奴なんだろうよ」Gリーチは相変わらず、人をバカにしたような笑いを口許に浮かべていたが、見下ろしてくる目は冷静だった。値踏みされているように感じた。会ったばかりの上司、しかも、敵と通じているかもしれない観察対象の前で取り乱してしまったことに対する、後悔と恥ずかしさが、一気に膨らむ。

「すみません。ちょっと……、どうか、してました」

「気付いたならよかったよ。それじゃあ、賢いおまえに最初の仕事だ」Gリーチはそう言うなり、丸まっていた俺の背中を思いっきり平手で叩いた。一瞬、息が止まった。目先がちらちらする。「子供通りの上位ランクの街娼の顔と名前を、今夜中に全員一致させろ」

「ランク?」

「ここの街娼には、AからFまでのランクがあって、売値もそれぞれ違う。名前を覚えるのはCランク以上でいい。楽勝だろ。詳しい話は表に出てから……の前に、顔洗ってきな。それじゃどこのゲリラだって話だ」

 Gリーチに手首を引っぱり上げられ、洗面所に続く扉の方に突き飛ばされる。中に入ると、左手に便器、右手側に洗面ボウル。奥には、狭いがシャワーブースもある。軽く息を吐いて、俺は洗面台の錆びた鏡を覗き込んだ。泥と血で斑になっている自分の顔は、Gリーチの言う通り、戦争映画の中の兵士みたいだ。そいつは、ほかにもうすることがないというように、薄っぺらい笑みを浮かべた。

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